福井地方裁判所 昭和33年(行モ)1号 決定 1958年5月21日
申請人 鷹巣晃海
被申請人 福井県教育委員会
主文
被申請人が申請人に対し昭和三十三年四月一日付をもつて同年四月二日なした福井県立丹生高等学校講師(常勤講師)の職を願により免ずる旨の行政処分の効力は福井地方裁判所昭和三十三年(行)第四号依願免職処分無効確認事件の本案判決をなすに至るまでこれを停止する。
申請人その余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
申請代理人は、主文第一項掲記の行政処分の効力を同項掲記の本案判決確定に至るまで停止するとの決定を求め、その理由として、
(一) 申請人は昭和二十八年五月二日以降地方公務員法の適用を受ける福井県立丹生高等学校講師(常勤講師)として勤務中のものであるが、昭和三十三年四月二日突然右高等学校において同校長面野藤志から、「願により職務を解く。(退職理由)家事都合、昭和三十三年四月一日。福井県教育委員会。」と記載せられた解職辞令を手交せられ、依願免職の行政処分を受けた。
(二) けれども申請人は被申請人に対して未だ曽つて退職を願い出たこともなく、退職を承諾したこともないから、右依願免職の行政処分は地方公務員法第二十七条以下の規定に違反し、無効又は取消を免れないものである。
(三) よつて申請人は昭和三十三年五月一日福井地方裁判所に右行政処分の無効確認並に予備的に右行政処分の取消を求める訴訟を提起した(同庁同年(行)第四号事件)が、右本案判決の結果を待つにおいては、右行政処分の執行により従来の俸給月額金二万三千円の支給が止められ、家族七名の生活の維持が困難となり償うことの出来ない損害を蒙ると云う差し迫つた事態に在るから右行政処分の執行の停止を求める。
と述べ、疏明として、甲第一号証(依願免職の辞令)、第二号証(申請人の上申書)を提出した。
被申請人はその提出に係る意見書において、
(一) 申請人主張の(一)の事実は認めるが、申請人は昭和三十三年四月三日付で福井県立丹生高等学校非常勤講師に採用せられたものである。
(二) 被申請人が申請人を依願免職処分に付した経緯は、申請人が明治三十四年八月三日生で五十七年九ケ月の老年者であつて、福井県教育職員中の最高年令者であり、福井県人事異動の年令内規基準である男子教員五十五歳に比し異例的存在で、昭和三十二年以来退職奨励中のものであつた。そして被申請人は申請人に昭和三十三年三月二十八日被申請人事務局に出頭を命じ退職奨励したが、徒らに哀願するのみであつたので、「退職を条件として非常勤講師に採用する。」との条件を出したところ、申請人は「お願します。」と答えたので被申請人としては、申請人が非常勤講師に採用されることを条件として常勤講師の退職を承諾したものとして依願免職の手続を進め、同年四月一日付で常勤講師の職務を解き、同月三日付で非常勤講師に採用したものである。
(三) 右のとおり被申請人が申請人を依願免職の処分に付したのは、申請人が退職を承諾していたからである。それ故に右処分は何等違法でない。
と意見を開陳した。
当裁判所は職権で申請人を審尋し、且つ申請人居町役場に申請人の資産状況についての調査の結果の報告を求めた。
よつて考えるに、申請人の主張する(一)の事実は当事者間に争がなく、疏甲第一号証、第二号証及び申請人審問の結果を綜合すると、申請人は昭和三十二年二、三月頃から退職勧告を受けその都度承諾を拒んで来たが、昭和三十三年三月二十七、八日頃被申請人事務局に出頭を命ぜられた際、学校教育課員大森陽から、「退職願を提出すれば月俸金四千円の非常勤講師に採用する。」旨を申出でられた際にも申請人は同人に対して「そう言わずにお願します。」と答えて別れ、その後申請人から退職願を提出しないまま依願免職の処分を受けたことが推察できる。
ところで申請人が高等学校講師(常勤講師)として地方公務員の身分を有することは教育公務員特例法第二条第二項、地方公務員法第二条によつて明かであるから、申請人の意思に反して依願免職処分に付することが出来ないことも又地方公務員法第二十七条第二項によつて明白である。従つて被申請人が申請人に対して依願免職の処分を為すには、必ずしも退職願の提出を待つ必要はないものと解せられるが、少くとも申請人に果して退職の意思があるかどうかを充分確認した上でなければならない。本件についてみるに、前記認定のとおり申請人はかねて常勤講師を退職するよう勧告を受けていたが、その都度その承諾を拒み続けていたのであるから、なおさら被申請人は申請人の常勤講師退職の意思の有無を確かめることについて慎重を期すべきである。
ところで昭和三十三年三月二十七、八日頃被申請人事務局で被申請人係官大森陽は申請人に対して「常勤講師を退職することを条件として非常勤講師に採用する。」との条件を出し、申請人の意思を確めた際、申請人が「そう言わずにお願します。」と答えたのは、常勤講師として従来のとおり勤めさせて欲しいとの意思を表明したものであると認定することは、前後の経緯からみて無理のないところである。従つて右の点について申請人の右答えのうち、「お願いします」との部分のみを捕えて常勤講師を退職することを条件として非常勤講師に採用することについて申請人が常勤講師の退職を承諾したとの旨の大森陽の審問の結果は措信できない。してみると申請人が常勤講師を退職することを承諾したものとして依願免職の処分に付したことは、申請人の退職不承諾の意思に反して為された処分であつて違法のそしりを免れず、それ故に本案訴訟において右処分は取消さるべき蓋然性が多い。
そして申請人主張の本案訴訟事件が当裁判所に繋属していることは当裁判所に顕著であるから、右本案訴訟事件の判決に先立ち、右行政処分の効力を停止する必要があるかどうかについて考えるに、疏甲第二号証及び申請人審問の結果と申請人居町役場からの申請人の資産についての電話聴取書を綜合すると、申請人は専勝寺の住職ではあるが、その檀家数は僅かに二十三軒、申請人の資産としては宅地四十坪、山林一町七反五畝六歩、畑二畝四歩、宗教法人専勝寺の資産としては山林九反一畝十五歩があるに過ぎず、申請人家族七名(三女中学三年生、長男中学一年生、四女小学四年生、五女小学一年生、二男四歳、姉六十三歳)と自己の生活は申請人の高等学校常勤講師として支給を受ける月金二万三千円の収入で維持せられていること及び非常勤講師としての月手当金四千円では到底一家の生計を維持することが出来ないことが判かる。してみると申請人は予期していなかつた前記依願免職の処分によつて突然常勤講師としての収入の途を断たれ一家の生活が窮乏し差し迫つた事態に立到つていることが推察せられる。
それ故に申請人の本件申請は理由があるから行政事件訴訟特例法第一〇条第二項に従い前記本案判決を為すに至るまで前記依願免職の行政処分の効力を停止することとし、その余の申請、すなわち本案判決確定に至るまで右効力を停止するとの部分はその必要性がないものとして却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 神谷敏夫 松田数馬 川村フク子)